こんなことがありました。
私の母校、東月隈小学校には当時放送委員がありました。
下校時間の後、生徒は校内やグラウンドに残ってはいけない時間になると全校放送で完全下校を促すのが役目です。
「全校生徒の皆さん〜♫」的なやつです。
でも責任重大なので、高学年しかやらせてもらえません。5年生になった私は友達の南くんと立候補して放送委員をやりました。南くんは私の記憶史上、一番の友達です。
当たり前ですが放送終了後、学校に残っている生徒は私と南君だけです。門を出ると家の方向が違うのでそれぞれ一人で家に帰ります。
夕方、誰もいない通学路を一人で帰るのが私は好きでした。普通ならみんなとワチャワチャしながら歩く通学路を一人で帰る。これがなんともいえない心情なんです。芥川龍之介の「トロッコ」を読んだときに感じた心にじわ〜っと染み渡る何かに似ていると言うか。
ノスタルジックといいますか、今で言う「エモい」ってやつなのかもしれません。
学校を出るとすぐ大きな池があって、その池沿いの道を帰るのですが、背中を覆い被さるような夕日で振り返ると校舎を照らしています。とても綺麗でした。
でも、校舎やグラウンドを染める夕日の綺麗さよりも「誰もいない通学路を一人で帰る」ときに感じたなんとも言えない心情のほうが、ずっと心の奥底に引っかかったままです。
当時は土曜日も昼まで授業でしたので、放送委員の仕事があります。特に土曜日の昼過ぎに誰もいない通学路を帰るのがいいんです。なんというか、高学年の仕事をこなした達成感、ちょっと大人になったという充実感、「みんなはもっと早く帰ったのか。でも明日休みだからまぁいっか」という高揚感。
心地よい感情がどんどん湧いてきます。ゆっくり歩いて時間をかけて帰った覚えがあります。
今思えば、あれは生まれて初めて時間の進みというか、この時は二度と戻らないと感じた瞬間というか、説明できない不思議な感情に耳を傾けることができた貴重な体験だったと思います。
悲しい気持ち(Just a man in love) / 桑田佳祐
サザンも含めた桑田佳祐作品で一番好きな曲です。なんでこんなアップテンポの曲で切ない感情を表現できるんでしょう?
天才なのでしょう。
晩夏の少し曇った日の誰もいない湘南の海が頭に浮かんできます。そのコンクリートのような色の景色の中で寄せては返す波を気にも留めず、自分から去っていった人を思う。そんな悲しい気持ちが表現されています。
疾走感のある曲が、一人立ち止まったままの彼の孤独さを余計に際立たせています。
「悲しい気持ち」
タイトルもシンプル故に心にささります。
随分古い作品なのに今でもまったく色褪せない。
私だけが色褪せていく。
悲しい気持ちです。
記事一覧ページへ